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どうして人は花が好きなのか、なぜ花に意味を持たせるのか。
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【第三回】桃文化考

【第三回】桃文化考イメージ

中国を訪れたとき不思議なデザートに出くわしたことがあります。それは、『桃太郎』の話で「大きなモモがどんぶらこと流れてきた」というくだりがありますが、その大きなモモが実際にあったならこんな感じなのだろうなと思わせるような大きなモモの実の形の饅頭です。とうてい一人では食べきれませんので切り分けるのだろうなと思っていたら、ぱっくりと大饅頭に入った亀裂から一口サイズの小さなモモ型饅頭がざくざくと出てきました。中国では桃の実は縁起物として知られ、そのやわらかな形状がふくよかな母性を感じさせるため子孫繁栄の象徴でもあるのです。

吉兆の兆という字に木を添えると桃。つまりモモは中国において吉兆の証し。さきほどの子孫繁栄伝承と豊かな果実のイメージがあいまって、いつしか不老長寿の霊木として崇められることになったようです。明代の役人、呉承恩(ごしょうおん)が著したご存知『西遊記』にもモモが登場します。孫悟空は強い霊力を得ようと天界に赴き、桃園の管理を天界の支配者である天帝から任ぜられます。この園になるモモの実は仙果とも呼ばれ不老長寿の効能があるとされていました。悟空は隙を見て仙果を食い荒らし、そのいくつかを盗んで下界に逃亡します。逃げた時にこれをいくつか落としてしまい、それが地上のモモの祖先となったという面白い伝説があります。

中国から日本にモモが伝わったのはかなり古い時期だと思われ、すでに『古事記』にはモモが登場します。イザナギノミコトが亡き妻であるイザナミノミコトを冥界に訪れたさいの帰り道で鬼に襲われます。イザナミノミコトは三つのモモの種を追ってくる鬼に投げつけその行く手を阻んだのです。このことからモモには邪気を退散させる護符としての力があると信じられていたことがわかります。

モモの花は雛祭りに欠かせません。もともと雛祭りこと上巳の節句は子供たちに憑いた穢れを人形に移して浄化させるためのもの。それが雛人形の原型であり、その横に添えられるモモの花は厄除けとしての役割を担っていると考えられています。したがって雛祭りにモモの花が添えられるのは季節だけが理由ではないようです。

モモの花が満開になり丘を文字通り桃色に染め上げる姿を見て、人々は自然の神秘と美しさを改めて実感したに違いありません。夢のように素敵な世界のことを桃源郷と言い表したのもそのせいです。長い冬が終わり、命の芽吹くときに咲き誇るモモの花に中国人も日本人もこの世の桃源郷を見出していたに違いありません。

フローリスト連載2012年3月号より

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