どうして人は花が好きなのか、なぜ花に意味を持たせるのか。
月刊フローリストに連載している「考花学のすすめ」を定期的に掲載しております。
ほのかな灯火が点いた色とりどりの美しいフロートの数々が水面をすべり、幻想的な花と火のページェントにしばし心を奪われて・・・。タイで毎年11月に行なわれるローイ・クラトン祭の様子を語るならこんな感じになるでしょうか。今では仏教国として有名なタイですが、いにしえから万物に宿る精霊や女神を崇拝するサイヤサート信仰も民間に根強く残ります。ローイ・クラトン祭はそんな古くからの信仰に根っこを持つ祭なのです。
古い歴史を持つこの祭りは水を司る女神プラ・マエ・コンカを鎮めるために供物を水に放ったことに由来しています。これがいつしか提灯を仕込んだフロートを水辺に浮かべる祭に変化し、タイ族最古の統一王朝であるスコータイ朝(13世紀~15世紀初頭)の時代にほぼ現在の形になったと言われています。
スコータイ朝の支配者ラームカムヘーン大王が寵愛した側室ナン・ノッパマス女史は水面に浮かべる提灯のフロートに工夫を加え、季節の花やバナナの葉をふんだんに用いて蓮華にも似た優雅なフロートを考案しました。精霊が宿るとされるバナナの葉でベースを作り、その上にマリーゴールドやジャスミンをはじめとした香しい花を詰め、そのいただきに色とりどりのロウソクを挿した何とも豪華なフロートの出来上がりです。ラームカムヘーン王はこの新しい花の蓮華型のフロートをいたく気に入り、収穫を感謝する陰暦の満月の夜(現在の暦で11月の満月の夜)の恒例行事としてローイ・クラトン祭を正式に定めたのです。ローイは「浮き」を意味し、クラトンは「蓮華を模ったもの」を意味するということで文字通り「蓮華のフロートの祭」というわけです。以来、ナン・ノッパマス女史に因んで、ローイ・クラトンの作り手は女性であり、毎年華麗なテクニックを競い合って美しい蓮華のフロートが生み出され、水面を華麗に彩る恒例行事となっています。
蓮華のかたちが好まれたのはラームカムヘーン王以来歴代の王が仏教を篤く庇護したからでしょう。仏教の伝承には生まれたばかりの釈迦が水の上を歩くとその足跡から次々と蓮華が生え出たという話があります。また美しいオブジェを水に流すことによって穢れを祓うという民間伝承もあります。事実、世界のいたるところに穢れを水に流して無病息災を祈るという風習があり、日本の流し雛もこれにあたると考えられています。
様々な思いを載せてゆっくりと水面をすべる火の灯された愛らしい蓮華。花はここタイでも人々の心に大きな癒しを与えてくれているのです。
フローリスト連載2012年11月号より
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