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どうして人は花が好きなのか、なぜ花に意味を持たせるのか。
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ベトナムの花、凛々しく

ベトナムの花、凛々しくイメージ

 そのときハノイの空がやたら青かったのを憶えています。ハノイ。ベトナムの首都。この国が背負ってきた激動の歴史の証人、それがハノイ。思えばベトナムの歴史は他国との交流と軋轢の歴史。様々な思想や文化がインドシナ半島の東岸にしなやかな龍の身体のごとく伸びるように営まれたこの地にもたらされました。そんな波瀾万丈の歴史を包み込んでもなお、この日ハノイの空は圧倒的に凛々しく青く澄み渡っていたのです。

 いろいろなものをとり入れてきた国ベトナム。宗教にしても中国からは儒教や道教や仏教、フランスからはキリスト教、西方の国々との交流によってもたらされたイスラム教、そしてベトナムで興ったホアハオ教やカオダイ教などが人々の暮らしを彩ります。そんな様々な顔を持ちながらも、人々はベトナム人としてかけがえのない信仰を保ち、それを大いに暮らしに反映させてきました。それが祖先を敬う祖霊信仰です。そして、その信仰がベトナムの花の文化に大きな影響を与えているのではないか、そう思えたのです。

 朝のハノイの路地にあふれんばかりのバラの花を摘んだ自転車が行きかいます。夫人たちは手慣れたふうに花を選び、てきぱきと値段交渉と支払を終え、家路を急ぎます。祖先を象徴する牌や様々な神仏の像が並んだバーントーなる祭壇に花を供えるためです。カラフルな小瓶に直立させるかのように挿されたバラの花はどこか清々しく、どこか凛々しい風情があります。ここに技巧に富んだデザイン性は微塵もありません。でも、ここにはあるがままの花を挿すという一種の潔い純粋さと、祖先に対する純朴な思いが込められているように思えるのです。さりげない、でも力強い、そんな雰囲気に圧倒されました。

 ところかわってこちらはハノイ市内のフレンチコロニアルスタイルの洒落たホテル。朝食の美味しい焼き立てパンに舌鼓をうったあと、ロビーに出ると、お花屋さんと思われる女性が大きなガラスの器に真っ白なバラをデザインしていました。偶然か、はたまた必然なのか、私にはそのデザインがバーントーの前に供えられたあの直立した花とだぶって見えたのです。もちろん彼女がロビーにいけているバラはきちんと切りそろえられ、美しくまとめられています。しかし、バラをまとめて直立させて挿す、というところはまるで祖先に手向ける花そのまま。私は何だかちょっと嬉しくなりました。なぜって、ここはどこまで行ってもベトナムなのだなということが実感できたような気がしたからです。

 バーントーの花とホテルのロビーを飾る花。その関係はわかりませんでした。でもそれだけにあの凛々しいベトナムの花が心に残っているのです。

フローリスト連載2013年8月号より

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