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どうして人は花が好きなのか、なぜ花に意味を持たせるのか。
月刊フローリストに連載している「考花学のすすめ」を定期的に掲載しております。

菊絵巻

菊絵巻イメージ

 キクは最も日本らしい花の一つ。ですが、実はこれ、外来種なのです。現在、日本でキクあるいは家菊と呼ばれているものは中国に自生するチョウセンノギクとハイシマカンギクという二つの種が交配されて生まれたとされています。特にハイシマカンギクは中国では古くから薬用植物、さらには不老不死を促す大切な薬草として栽培されてきたようです。

 実際キクが日本にもたらされたのは奈良時代末期から平安時代初期にかけてのこととされています。同じ外来種でも8世紀に編まれた『万葉集』にウメの名は見えても、キクの名は見当たらないからです。それでも、大陸の人々が好んだキクの存在はこの花をモチーフとした芸術を通してそれ以前から日本人に入ってきていました。

 皇室の紋章として名高いのが十六八重表菊(じゅうろくやえおもてぎく)。パスポートの扉に刻印されているキクの花を象ったこの紋を初めて用いたのは鎌倉時代の後鳥羽上皇です。しかし、この紋の原型は鎌倉時代より遥か以前に既に日本に伝えられていたのです。白鳳時代(645年~710年)に建立された奈良の薬師寺にある日光菩薩の胸元にはこの紋とよく似た模様がみられます。

 このキクの花を思わせる模様のことをロゼット(rosette)といいます。驚くことに、この模様の故郷をさかのぼってゆくと遠くメソポタミア地方にたどり着きます。紀元前にはすでにアッシリアやバビロンなどで頻繁に使われたロゼットはギリシャやローマにも受け継がれ、その後インドや中国にも伝えられていき、仏教美術や装飾品とともに最終的に日本にやって来たのです。ですから日本人は実際のキクを目にする前に、美術の中にそれを見ていたことになります。ちなみにロゼットというのはバラ(rose)を意識して後世の研究者がつけた名前ですが、もともとはメソポタミアに自生していたアンセミス(コウヤカミルレ)やマトリカリアなどのキクがモチーフとなっているのでしょう。古代西アジアの人々にとってもキクは大切なインスピレーションの源だったのです。

 鎌倉時代以降、キクもかなり普及して蒔絵や襖絵などの恰好の題材となり、江戸中期には空前の園芸ブームを迎えます。逞しいキクは愛好家の要請にもよく応えてくれたようで、実に様々な色かたちを見せてくれました。江戸や上方で頻繁にキクの品評会が開かれ、キク愛好家の多くの旦那衆は家庭の事情を顧みず自慢のキクを携えて出かけていったのです。ゆえに「碁打ち、ばくち打ち、キク作り」は江戸の三大親不孝者とされたのだそうです。

 ユーラシア大陸を駆け抜け、海を越えたキクの力。国を問わず、この花には人を深く魅了する何かがあるということなのでしょう。

フローリスト連載2013年9月号より

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